【対象】
令和6年度版「新編 新しい社会」
かつては、教科書に限らず、一般書籍も含めて、近世の身分制社会とその支配・上下関係を表す用語として、「士農工商」という表現が使われていました。しかし、部落史研究を含む近世史研究の進展にともない、従来の理解・表現に修正が加えられるようになりました(『解放教育』1995年10月号・寺木伸明「部落史研究から部落史学習へ」明治図書、上杉聰著『部落史がかわる』三一書房など)。
修正が迫られた点としては、主に以下の2点です。
1点目は、近世の身分制社会を表す言葉として「士農工商」という表現が適切でないという点です。史料的にも従来の研究成果からも、近世の社会には武士や町人、百姓のほかに、皇族や公家(貴族)、僧や神官などの宗教者、芸能者、絵師、学者、医者など、さまざまな身分が存在しており、「士農工商」という言葉で当時の身分制社会を表現するのは適切ではありません。
2点目は、近世の身分制社会を「士-農-工-商-えた・ひにん」といった身分の上下関係(ピラミッド型)でイメージするとらえ方が適切でないという点です。支配層は武士ですが、それ以外の身分の間には基本的に支配・上下関係は無く(かつては「農」が国の本であるとして「工商」より上位にあったとする説明もあったようですが、そのような上下関係もありませんでした)、百姓や町人とは別にきびしく差別されてきた身分の人々も社会の底辺の存在ではなく、社会のいわば「外」にあり、武士の支配下にあったということです。
以上のような研究動向などをふまえて、平成12年度版の教科書から、身分制度を表す言葉として「士農工商」という用語は使用しておりません。
また、「四民平等」の「四民」という言葉は、もともと中国の古典で使われていた言葉で、『管子』(B.C.650頃)に「士農工商の四民は石民なり」とあります。「石民」とは「国の柱石となる大切な民」という意味です。ここで「士農工商」は、「国を支える職業」といった意味で使われており、近世の日本でも、社会を支える(社会に役立つ)職業といった意味で使われました。
「四民」という言葉もまた、本来、「天下万民」「すべての人々」といった意味ですが、抽象的な概念であることや、の児童に説明をするのは難しいといったご指摘もあり、平成17年度版の教科書から「四民平等」の用語は使用しておりません。
「四民平等」の用語は、明治政府の一連の身分政策を総称するものですが、公式の名称ではなく、この用語の理解自体が重要な学習内容とは必ずしもいえません。むしろ、以前の教科書にあった「江戸時代の身分制度も改めて四民平等とし」との記述に比べて、現在の教科書の「江戸時代の身分制度は改められ、すべての国民は平等であるとされ」との記述のほうが、近代における「国民」の創出という側面を含めた明治時代の改革・変化の全体像の中で考えることにつながるといえます。 (「四民」の語義については、上杉聰著『部落史がかわる』三一書房p.15-24を参考にしました。)